上海燕燕亭茶楼

うだうだにつきあってくださる方は、お好きなお茶と香瓜子をお供にどうぞ。

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ニッキ引っ越しました

上海燕燕亭茶楼にお越しくださった皆さま、
いつもうだうだと続く長い話におつきあいくださり
本当にありがとうございます。

ここ数年、不定期にスパムコメントの襲撃を受け、
それを地味に削除する作業をしておりましたが、
少し前に行った作業で、どうやら一部データが壊れてしまいました。
それを修復しようと試みたものの、
これは諦めた方が早いな、と判断し、
ニッキを引っ越しさせることにいたしました。

新しいニッキは「上海燕樂堂」です。

「燕樂」というのは一般的には「宴樂」とも言われ、
随や唐などの時代、宮廷での宴会で演奏された
音楽のことを指すようですが(yàn yuè)、
ここでは、安らかなココロ、宴が楽しい様子などをあらわす
(yàn lè)の意味で名前をつけました。

ヘッダーの写真は、1985年の外白渡橋を走るバスの姿です。
左手に見える茶色い建物は、
上海大厦(ブロードウェイマンション)です。
私が初めて上海の地を訪れた時に撮影したものです。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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なまけものサンとリフレッシュ

山北先生とランチ1

先日のぶさんから連絡をいただいて、
来滬中のヤマキタセンセイChikaさんの4人でランチ。

場所はウチから徒歩1.2キロ程度の『iVegan(愛源素)
時々宅配代行業者を通して利用していたが、実店舗は初めて。

ここのところ湿度が高すぎて、スーパーふくよか族には
ヒジョーに辛い毎日だったが、今日はカラッといい感じ。
陽射しは強いケレド、ゴキゲン、ゴキゲン。

美味しく食事をいただいて、楽しいお話もいただいて、
さらには、なまけものサンにもお会い出来て、
ヤマキタセンセイのなまけものサン
うひゃひゃ、充電バッチリ。

ごちそうさまの後は、散歩がてら近くの食材店へ。
午後のスケジュールが詰まっているのぶさんとお別れして、
残りの3人は、不思議な趣味の店のようなその食材店でしばし盛り上がり、
とある商品ととあるグッズの記念撮影なんぞもしたりなんかしちゃう。
そしてChikaさんはここでひと休み(センセイ待ち)、
センセイと私は欽賜仰殿(道観)へ。

以前食事をした際に紹介済みだったこの道観、
今回センセイはここに呼ばれていらした模様(だから食事場所が
近所になったのかもねん)、しかし私は今日はその感覚がなかったので
入口までご案内してそこでお別れ。

そこからはタクシーに乗るほどの距離でも無いので
食後の散歩よとばかり、てくてく(正確にはちんたらちんたら)
歩いて家に向かう。

風は心地良いが陽射しが強いため、顔がやけてくる感覚がわかる。
しまったなー。ま、しゃあない。
大阪から帰って来てから引きこもり生活に近い2週間を過ごしていたので、
たまにはこういう時間も持たないとね。

道中、全家(ファミリーマート)に寄ってお買い物。
ついついパンダにのせられて、いやお兄さんにのせられて
カードを作っちまったよん。

集享卡
もう財布パンパンやのにねえ。
ま、ええやん。

ほどなくして家に到着。ひといきついたらふと思った。

ナマケモノは怠け者ではない。

ナマケモノは緩急自在な生き方の先生、
万物と共生し、無駄の無い生き方をしている、
なまけものサンを見て、ふとそんなことを考えたのデス。

ナマケモノさんのように暮らせるかな。

ミナサン、イツモアリガトウ。
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春の天ぷら

たらの芽の天ぷら
上海に住み始めてから感じることのできなかった「春」
大阪にいるとこんなところにも。
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ナツカシイモノ、イクツカ

父の遺品整理の前に家の中のガラクタを片付けなければならないわけで、
毎年毎年帰省のたびにそれをするも、途中で脱線して終わらない。
しかし今回は結構思い切りよく作業できてるんじゃない?と
一人でご満悦。

JALファミリーサービスの名札

今もこんな名札を使っているのかどうか知らないが、
一時頻繁に利用していたJALファミリーサービスの名札。
当時はナイアガラさんが「駐在員」として上海に滞在していたので、
これを利用してけびちよを連れて行っていた。
中華系航空会社と日系航空会社の料金に大きな差が無かった時代。
(昔は大阪ー上海の航空券にはほとんど安いものが無かった)

最初の頃は、お迎えの人にきちんと引き渡してくれるという作業すら
結構テキトーで、こちらが中国語がわかるとなったら、
入国審査の手前ですでに放置されることもあった。

ヨーグルトを頼んだら、明治のブルガリアヨーグルトのでっかいパックが
出された時もあったし、離乳食を食べさせるのに時間が要るというのに、
もう大人の食事も回収されてしまうような時間になって離乳食の瓶を
どんと渡されて、どないするん、コレ?と苦笑いしたこともあった。
そうそう、りんごをまるまる1個出された時もあったっけな。
今のサービスでは考えられないが、けびちよがまだ離乳食を食べていた頃は
そんなものだった。

この名札、お願いしなくとも毎回くれるので(持ってるから要らないのに)
どんどんたまって、だいぶ捨てたがまだ残していたものがこれだけ。
何の記念にするのやら、ワタクシ。
写真を撮ってサヨウナラ。

ポケベル
ポケットベル。
それもポケベルがおしゃれなグッズだった時代のポケベル。
これは活躍したなー。
セルラー電話がまだ庶民のものとは言えなかった頃の必需品。
電池を交換すれば時計ぐらいには使えたかも。
でも思い切って処分、処分。

バイエル上巻
ピアノを弾かない人でも知っていた『子供のバイエル』
私はヤマハ音楽教室の幼児科の出だったので、上巻は練習していなくて
下巻からのスタートだった。この赤い本(上巻)の続きは黄色い本だが、
私は分厚い新版の青色ベースの絵が描かれていたもので教わったから、
このクラシカルなデザインのテキストでは勉強していない。
しかし、このデザインがどうしても気に入っていて、
その「趣味」のためにわざわざ買ったのがこれだった。

けびちよに練習させるため、ピアノにわざわざ消音ユニットもつけたが、
二人とも鍵盤にはさして興味を持つことなく上海に移住し、
けびは一時アルトサックスを学校で練習していたが歯列矯正を始めて頓挫。
ちよちよは同じく学校でクラリネットを練習していたが
当時副鼻腔炎の持病があって、転校と同時に練習をやめ、
転校先では揚琴を専攻するも、さらに転校したのでこちらも頓挫。
今は大学でハープの授業をとっているが、ナイアガラさんは知らない。
(もっともハープは買う予定が無いので、知られないまま終わるものと思われ)

もーもーちゃん1
『Gateway 2000』のもーもーちゃん。
なかなかマニアックな弟が当時の日本では「知る人ぞ知る」の域にあった
『Gateway 2000』のPCを買ったことで私も知ることとなった。

もーもーちゃん2
後に『Gateway 2000』は『Gateway Inc.』となり、
今やブランド名だけが残っている。
このむにゅむにゅのもーもーちゃんは、
そのGatewayの日本市場での勢いが右肩上がりの頃に
PC誌か何かの懸賞でもらったもの。黒のTシャツももらったなー。
むにゅっと握るとその触感が気持ちよかったが、さすがに劣化して
あちこち割れてしまっている。色も変色して黄色くなってしまった。
おちちの写真も撮ったが、もーもーちゃんが恥ずかしがるといけないので
それは非公開に。

他にも思い切って処分した書籍やガラクタ多数。
みんなみんなありがとう。
続きの処分作業は4月下旬に。
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今年は力を抜いて

年夜飯・下ごしらえ

毎年恒例、中華の嫁の最大行事、「年夜飯(nián yè fàn)」。
去年もうだうだ書いていたが、中華の人たちにとって
「除夕(chú xī :大晦日)」にみんなで食べるごはんは、
春節当日のごはんよりも大切な存在。
さりげなく「今年の年夜飯はどうするのかなー」なんて
男性陣にふってみるも、結局は「家で食べるでしょう」
はい、聞くだけ野暮デシタ。

さて、咸肉やら羊の腿(withしっぽ)やら届いた前回とは異なり、
今年は果物だとか、雑穀セットだとか、
泣かなくて良いものが届いていたので、気持ちがラク。

直前になって「海鮮大礼包」なるものの引換券を
証券会社から公公がもらってきたので、
「年年有余」の魚は買い出し不要。
アーンド、冷凍庫に入りきらないほど海鮮類をいただいたから、
メニューも大幅に変更。でも焦らなーい、怒らなーい。

冷菜は、鴨ロースやら栗きんとんなど、
ちょっと日本の食卓っぽいものを出して、肉は使ってもさっぱりめに
なーんておもっていたら、公公が杏花楼の咸鶏や醤鴨などなど
真空パックになった肉類を3つも買って来て、一瞬気持ちが落ちるも、
去年に比べれば大したことないやい!とすぐに浮上。

そしてメインは、おそらく年夜飯の献立としては
「あり得ない!」であろう、ごまみそ鍋を。

というのも、年夜飯はハレの食事だから、
基本的にはがっつり動物系の料理を
食卓に上げてしまえばオッケーなのだが、
公婆が支度をしてくれていた時代から熱菜には必ず
野菜の料理が複数用意されていたし、
野菜が無いと辛いので私も必ず野菜の入った料理を用意する。
しかしながら、この「野菜の料理」がクセモノで、
かたいものが食べられない公公にあわせると、
なかなか難しいので、普段でも毎食の悩みの種。
そこで、鍋にしてしまえば、何でも入れられるし、
ごまみそ味だと肉や海鮮の具が無くても
美味しく満足感が得られると考えたのだ。

痛風には動物系の具材のエキスが
たっぷりとけ込んだスープがよくないということで、
肉は豚肉の薄切り肉を少しだけ。
あとは、いろんな野菜をたっぷり。
葉ものは白菜の軸とキャベツ以外は
みんなで食べ始めてから入れることに。
じゃがいもは煮溶けてしまうと汁がどろんとしてしまうので避けて、
山芋をたっぷり。
しいたけは珍しく飾り切りなんかもしちゃったりして鍋っぽく。
肉巻きを作った残りのエリンギなんかも入れて、
ハレの日の食事というより、冷蔵庫の掃除のような鍋の様相。

そんなこんなで、今年のメニューは、
*鴨ロース
*金柑の甘露煮(煮崩れしてる……)
*栗きんとん(そういえば「きんとん」って金団って書くんやね)
*台北・千翔食品の五香牛肉干
 けびが台湾を訪れた際に「干媽」になってくれた女性が
 自身のためにお取り寄せしたものをけびに持たせてくれて、
 それをナイアガラさんがいたく気に入ったものの、
 この牛肉干は、賞味期間が短いため、私が淘宝網で調べて
 年夜飯のために取り寄せたもの。
 しかし、けびが持ち帰ってきたものより若干肉がかたかったので
 ナイアガラさんあまり喜ばず。

*アボカドとクリームチーズ
 醤油で和えて食べるが、先に醤油を入れると色が悪くなるので、
 食べる直前にしようと思ったら、他のことをしていて忘れてしまい、
 みんなが食べ始めてしばらくしてから気づいた。大失敗。
 おまけにアボカドは筋が出てしまい、見た目がイマイチだった。
年夜飯・冷菜

*辣醤鴨(公公が杏花楼で買ってきたもの)
辣醤鴨

*ごまみそ鍋
 鍋の写真、撮り忘れ。
 こちらは準備中のテーブル。
年夜飯・テーブル1
野菜はテーブルにのせると他のおかずがのらないので、
普段パステルアートの時に使う机を準備して、始まるまでここで待機。
普段は置いていないジュース類も用意して、
お茶も水筒やガラスジャーに入れて。

年夜飯・テーブル2

*紅焼鯧魚(まながつお)
紅焼鯧魚

熱いものは熱い状態で出したいので、
先にみんなで食べてくれと言ったのに、
私が席に着くまで待っていると騒ぎになり、
慌てて皿に盛って写真だけ撮ったら、葱がえらいことに。
記念写真はちゃんとお顔を整えてから撮りませう。

*炒蝦
 本当は年夜飯の時ぐらい油爆蝦にしたいのだけれど、
 揚げ油の処理に困るので、結局いつもコレ。
炒蝦

*肉巻きエリンギ
 豚バラ肉の上に大葉をのせて、拍子木切りにしたエリンギを軸にして
 くるくるっと巻いたもの。これも写真撮り忘れ。
 塩こしょうだけで美味しい。

*ワタリガニの唐揚げ(これも写真忘れた)
21cake朗姆芝士(ラムチーズケーキ)
 以前、証券会社からもらっていた券がまだあったので、
 夕方に配達してくれるように手配しておいたもの
 デザート準備も手間が省けたよん。アリガトウ証券会社。

とまあ今回は直前にメニューを大幅に変更したものの、
手も多少抜かせてもらい、肩の力もほどよく抜け、
やっとこさこの日の準備の楽しみ方を覚えたような
そんな気がする中華の嫁。

この後は、日付が変わる前に家を出て、道観へ初詣。

実は精神的にキツくなるのは、年が明けてからなんだなー、ははは。
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