+--[16]息切れと静電気の日々--+

 87年暮れに行った拉薩(Lasa)は、チベット自治区にある。
秘境として神秘のヴェールをかぶった土地、神々の地。

 当時、「暴動」と呼ばれる騒動があり、この地に外国人が立ち入ることは難しくなっていた。
行きの鑑真号の中でも拉薩入りは困難だろう、と噂されていた。
が、意外にもあっさりと成都で航空券を入手した。それも航空会社の窓口で、である。

  拉薩はその標高3600m超の高地にある。それでもチベットの地では低い方だ。
大阪に住む者がたった数時間後に富士山の山頂にいることを想像すればすぐわかることだが、とても空気が薄い。
本当なら陸路で入るほうが体を慣らすのにはよいのかも知れないが、時間はかかるし、バスは危険、
そして、拉薩へ入るまでに5000m超の峠を走る。慣れるもへったくれもない。
とにかく空路で拉薩入りすることにした。

 飛行機の窓からは茶色い岩肌の山々が雲を突き抜けてそびえ立っている姿。
雲の絨毯ははるか下にある。空港は何もないだだっぴろい場所。
そこからおんぼろのバスに乗ってひたすらがたがた道を拉薩へ100kmの道のりを走る。
座席に座っているはずが、スプリングがついているかのごとくぴょんぴょん跳ね上がる、そんな道だ。

 だんだん市内に近づいてくると巡礼者の姿が見えてくる。
バスが民航事務所に到着するとそこで降ろされる。いよいよホテル探し。
ホテルは事実上開店休業状態。開いているところはほとんどなく、拉薩飯店というホテルに泊まることにした。

 旅友が持っていたペットボトルを落としてしまったら、ものの見事に砕け散った。
リュックの中のシャンプーがビニール袋の中で泳いでいた。
愛用の製図ペンのカートリッジインクが筆箱を真っ黒に染めていた。

 気圧の違いを見せつけられた。

空気がとても乾燥しているので、人々はヤクのバターを体に塗る。
ホテルの中では電化製品やエレベーターなどの金属に触れようとするだけで静電気に悩まされる。
手を旅友の頭にかざすだけで髪の毛が手にくっついてくる。
階段を昇れば息切れし、エレベーターがあがるごとに息苦しくなる。
気がつけば高山病にかかり、悪寒・頭痛・発熱・動悸・嘔吐・倦怠感にむくみ。目は充血し、唇の色が変わる。
東急ハンズで売り出された酸素缶というのを持参していたが、吸ってもちっとも楽にならない。

 それでも、太陽の光を間近に感じ、果てしなく青く広い空に感動する。
ぼーっとベンチに腰掛けているだけでもシアワセな空間だった。

  しかし、シアワセばかり感じてはいられず、帰りにトラブルが発生する。

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